Project Proposal

旅のラゴス

映像化プロジェクト企画案

01

コンセプト

この物語には、旅があります。出会いがあります。そして必ず、別れがあります。 ラゴスは生涯をかけて旅をした男です。様々な出会いと別れを繰り返し、老いて、それでも北へ歩きました。彼が置いていったものの数だけ、見送った人間がいます。 この小説は、旅する男の話であると同時に、見送る人たちの話ではないでしょうか。

筒井康隆著『旅のラゴス』(1986年、徳間書店)の映像化。 **監督:Yorgos Lanthimos(ヨルゴス・ランティモス)** を第一希望としたいと思います。

本作は「忠実な映像化」を企図するものではありません。原作を**原案**として、ランティモス監督のフィルターを通した全く別の生き物を生み出すことができれば、と考えています。この物語に彼が必要な理由は、彼だけが「旅」を「人間の業」として、笑いと静寂と残酷さを等価に扱いながら描ける監督ではないかと思うからです。そういう確信に近い直感がこの企画の出発点にあります。

02

旅のラゴス

『旅のラゴス』は1986年の刊行当初、さほど話題になりませんでした。ところが2010年代に入り、突然文庫ランキングの上位に浮上しました。誰かが誰かに薦め、その連鎖が静かに広がりました。なぜこの本が読まれ続けるのでしょうか。

おそらく人々は、「ひとつの場所にとどまらない人間」の話を必要としているのではないでしょうか。定住を前提とした社会の中で、それでも旅をすることを人生の使命とした男の物語は、ある種の自由の寓話として機能しているように思えます。ラゴスは家族を作り、王国を建て、教師となり、それでも去っていきます。執着しない。しかし冷たくはない。愛している。だから去ることが切ない。

この逆説——愛しているから去る——は現代においていっそう鋭く刺さるのではないでしょうか。

03

ヨルゴス・ランティモス監督

ランティモス監督の映画には、奇妙な儀式があります。登場人物たちは、なぜかわからないルールに従って生きています。『ロブスター』のホテル、『聖なる鹿殺し』の呪い、『哀れなるものたち』の実験——いずれも「世界のルールが違う」ことを観客に提示し、そのルールの中で人間がどう振る舞うかを冷徹に観察します。

『旅のラゴス』の世界もまた、そういう世界ではないでしょうか。転移という能力が存在し、壁を抜ける人間がいて、空を飛ぶ馬がいます。これらは「SF的ガジェット」ではなく、その世界における「当然のルール」として淡々と存在しています。筒井康隆さんの原作が持つこの乾いた筆致は、ランティモス監督の映像言語と深いところで共鳴するのではないでしょうか。

しかし最も重要なのは「距離感」ではないかと思います。ランティモス監督は登場人物に感情移入させません。広角レンズで歪めた空間の中で、人物たちは淡々と動きます。それでも観客は、気づけば泣いています。感情移入ではなく、感情の「侵入」——これがランティモス映画の核心であり、『旅のラゴス』の映像化に必要なものではないでしょうか。

ラゴスは感傷的な男ではありません。デーデを失っても、ラウラと別れても、ニキタを置いていっても、彼は旅を続けます。その「業」をランティモス監督のカメラが捉えた時、観客はラゴスに感情移入するのではなく、ラゴスという現象に呑み込まれるのではないでしょうか。そういう期待があります。

04

Apple TV+

この物語を映像化するためには、おそらく三つの条件が必要になってくると思います。

第一に、**監督の作家性を尊重するプラットフォームであること**。ランティモス監督が「面白い」と思わなければ、この企画は成立しないでしょう。彼が本当に作りたいものを作れる環境があってこそ、この原案は生きてくるのではないでしょうか。

第二に、**世界同時配信の実現**。『旅のラゴス』は英訳されていません。しかしその普遍性——人はなぜ旅をするのか、なぜ去るのか、なぜ見送るのか——は言語を超えるものではないでしょうか。映像作品として世界へ届けることで、原作が本来持っていたはずの読者圏を取り戻すことができるかもしれません。

第三に、**映像クオリティへの投資**。この物語の舞台は、文明が崩壊と再生を繰り返す異世界です。その景観を安価なセットや過剰なCGで処理すれば、物語の乾いた叙事詩性は失われてしまうでしょう。ランティモスが好む、実在する荒野と廃墟の映像美——そこにこそ、この世界観は生きるのではないでしょうか。

これらの条件を考えた時、ひとつの選択肢として浮かび上がってきます。

05

登場人物

主人公

ラゴス

旅する男。北方の名門都市ラリストラル家の次男。博覧強記でありながら驕らず、初対面の人間から秘密を打ち明けられ、一族の信頼を一夜で勝ち取ります。集団転移のパイロットを務め、奴隷として鉱山で七年を過ごし、王国を建て、知識を伝え、老いてなお北へ歩きます。彼を愛した者は皆、彼に置いていかれます。それでも誰も彼を恨みません。

旅で出会う者たち

デーデ

ムルダム一族の少女。初登場時は十五歳。人の心が見え過ぎるほど見えます。その笑顔は「情愛といってもいいほどの感情」をたたえており、ラゴスの心に棲み続けます。

ヨーマ

「人の心が見え過ぎるからやさしすぎて壊れた男」。デーデと同じ同化能力を持ちながら、逆方向へ傷ついていきました。誰もが持つ暗い感情がすべて見えてしまうため、暴れ続けます。デーデだけが悪く思いませんでした。

ザムラ

旅の似顔絵描き。客が心に思い浮かべる「理想の自分の顔」を描く天才。相手の心に浮かぶ顔のイメージを感知できます。ラゴスの心に浮かんだデーデの顔を一瞬自分の顔に映し出し、ラゴスを仰天させます。

タリア

たまご道の町の女。独り暮らし。盗賊団の首領になった息子を待ちながら、旅人を泊め続けます。「息子のようなあんたに買ってもらったんじゃねえ」の一言が全てを語っています。

ラウラ

予知夢を持つ美貌の未亡人。奴隷として共に七年を過ごし、いつしかラゴスの妻となります。別れ際に鉱山への帰還を提案し、拒否されると夜半に姿を消します。

ニキタ

ポロの盆地の少女。ラゴスの世話係となり、やがて妻となります。同化能力により、ラゴスが何も言わなくてもしてほしいことをします。

カカラニ

森番の娘。森の中を浮游して移動できる少女。私設軍隊を率い、王国を守ります。生気にあふれ、死を恐れません。

タッシオ

五歳の時に口をきけなかった少年。ラゴスに「言ってみろよ、お前は喋れるんだぜ」と話しかけられた瞬間、口を開きます。ゴゴロ爺さんの言葉を一字一句記憶していた「記録者」。

ドネル

北の果ての森番。南で悪いことをして行き場を失い、この地に棲んでいます。

06

映像化の訴求ポイント

**一人の男の、一生の旅** 全12章、それぞれが独立した短編として成立しながら、全体として一人の人間の生涯を描く構造は、連続ドラマの形式とよく合うのではないでしょうか。各エピソードに固有の世界と人物が存在し、ラゴスという「旅人」が触媒となって物語が動きます。

**超自然能力の扱い方** 集団転移、壁抜け、などの私たちからすれば荒唐無稽な能力——これらは「凄い力」として描かれません。その世界における「そういうもの」として、驚きなく存在しています。この乾いた扱い方が原作の品格であり、映像化においても大切にしたい部分です。

**見送ることの累積** ラゴスが出会い、別れた者たちの数が積み重なるにつれ、観客はあることに気づくのではないでしょうか——この物語は、見送った者たちの物語でもある、と。

07

映像化候補

  • **Apple TV+(第一候補)** 作家性を最優先するグローバル・プラットフォーム。世界配信の実現、映像クオリティへの投資——この三つを考えた時、最も可能性のある選択肢ではないでしょうか。英題 "Lagos of the Journey" での世界展開を想定しています。
  • **A24(第二候補)** ランティモス監督との仕事歴有り。映画としての映像化を想定するなら、全12章を大胆に再構成した2〜3時間の長編映画という形もあり得るのではないでしょうか。この場合、ラゴスの「一生」の中から数エピソードに絞った、よりランティモス色の強い作品になるかもしれません。
  • **NHK BS(ダークホース)** 日本語版として先行制作し、海外展開への布石とする選択肢もあります。近年のNHK BSは文芸作品への投資を惜しまず、素晴らしい作品を作り続けています。国際共同制作への道も考えられるかもしれません。
AP

付記

- 本企画は原作の「忠実な映像化」を意図しません。ランティモスが『ロブスター』でディストピアを、『哀れなるものたち』でゴシックを借りたように、『旅のラゴス』を「素材」として使うことを歓迎したいと思います。彼のフィルターを通して、まだ誰も見たことのない世界が生まれることへの期待が、この企画の出発点にあります。

※本プロジェクトは、筒井康隆氏の小説『旅のラゴス』に深く感銘を受けたファンによる、非公式かつ個人的な映像化ピッチ(企画提案)であり、一切の営利を目的としておりません。
原作者様、および権利者各位のいかなる権利をも侵害する意図はございません。万が一、関係者様より本サイトの公開についてご懸念や削除の要望がございましたら、即座にサイトを閉鎖し、全てのコンテンツを削除いたします。

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ご意見・ご感想

FN

最後に

- 『旅のラゴス』は、まだ英訳されておりません。この物語が世界に届くには、まず英訳される必要があります。この企画が実現すれば、その第一歩となるでしょう。そして、この物語が世界に届いた時、多くの人がこの物語に魅了されるのではないでしょうか。なぜなら、この物語は「旅」と「別れ」の物語だからです。そして、それは、私たち自身の物語でもあるからです。仮想サイトらしく、最後にもし英訳されたらこんな表紙が良いのでは?という画像を添付します。

本文には無い光景。もしかしたら若い頃のラゴスが訪れたかもしれない風景をイメージしました。

Lagos of the Journey English mock cover